タイトル
 週末に「無」の探索を繰り返し、十年という歳月が流れた。ふと振り返れば、谷の精霊に夢中になって釣り糸を垂れていた僅かな時間の中に数え切れない程の思い出が刻まれている。大物が釣れた事、恐ろしい思いをした事、怪我をした事、感動した事、今も過ぎ去った日々に焦点を合わせると、微かな記憶の中にその一コマ一コマが残存しており、それを繋ぎ合わす事で自分の物語の幕が上がる。
 渓流釣りを始めてまだその感覚がままならない頃の事である。私は国土地理院などのまともな地図も持たずに愛知川水系に足を延ばしていた。林道を彷徨っているうちに偶然見つけた谷へふらふらと誘い込まれて、その渓流美と初めて手にしたアマゴの魚体の美しさに酔いしれて、それから幾度もその谷に足を運ぶようになった。谷の右岸には遙か上部に道が付いており、かなりの悪路ではあったが当時は四駆車であればかなり奥まで進入する事ができ、ギシギシと根を上げながらも私はよく強引に車を運んだものだった。
 本流との出合いは断崖絶壁になっており、下から見ると遙か数十メートル上部にコンクリートの橋が架かっている。谷に沿う林道も高低差は激しく、容易に谷へ下る事も出来ず、入渓場所は限られていた。谷へ下りても目まぐるしいほど次々に立ちはだかる砂防堰堤が行く手を遮り、両側の山腹は荒れ果てているため、林道まで戻らねば容易に高巻く事さえ出来なかった。私は何時しかザイルを片手に下りにくい場所を選択し、大物アマゴに期待を寄せながら夢うつつの日々が続いた。
 
  谷は昔から人との関わり合いが深く、様々にその介在した足跡があり、それらの回想が私の頭の中で始まって行く。炭焼きの良場として活躍した事もさることながら、今は深い藪に埋もれて完全に廃道しており、歩く事は不可能であるが石榑峠から伊勢に続く古道は人々の重要な道筋であった。
 渓相は中流域にひとつ滝が見られる程度で、とびきりの美渓とは言い難いが比較的長い流程を持ち、その独特な持ち味は釣り師を魅惑するのである。もっとも開発の手が入る前は腰上まで浸からねばならぬほどの廊下があったり、水量も豊富でその美しさも格別であったようだが、林道建設や大雨による土砂が谷間に流れ込み、谷底は年々浅くなっているため、釣りになるのは堰堤下に限られると言っても過言ではない。私はあまり人と出会わなかった事から、これは良い穴場を見つけた等と勝手な思い込みを胸に足げに通っていたのだが、実は昔に様々な釣り師によってドラマが繰り広げられていたと後に知る事になった。
  「イワナとの出会いを求めて、今にも崩れ落ちそうな木製の橋を、お経を唱えながら渡った。」
 何の因果か鈴鹿の谷を釣り歩いた著名人の中でもこの谷に思いを寄せる者は多く、著書の遡行記で舞台にされている。現在はアマゴが幅を利かせて優占種となっているが、もともとはイワナの谷であり、型の良いイワナの宝庫だったのである。
 源頭には峠から容易に入渓出来るので、三重県側から善意によりアマゴが放流されたのであろうが、イワナが次第に姿を消し、釣り人の増加に伴って現在のアマゴは警戒心の塊のような偏屈な性格を漂わせている。結局、人がいないのは単に魚が居なかったからなのである。著名人の中のとある釣り師もこの谷に源頭からアマゴを善意放流しており、その他にも放流していた人は存じ上げているが、なぜイワナでなくアマゴだったのだろう。ルビーのような斑点を散りばめた鮮やかな魚体は渓の宝石とも言われているので、釣り人はイワナ以上に魅惑される者も珍しくはない。ただ単に釣り人の好みだっただけなのだろうか。

 初めてアマゴと対面した事もさることながら鈴鹿の山では名物とも言える山ヒルに初めて出会ったのもこの谷であった。知人と二人で谷を釣り上がり、ちょっとした廊下があったのでボサを掻き分け、山腹を歩いたのだが高巻いた後、知人の首筋に何かしら小さく黒いものが二〜三コ付いているのである。そして私自身も右頬にチクッと違和感を察し、手を触れてみるとグニャッと柔らかい感触を感じた。

「うぅ、ヒルや・・・」
私は彼に「おーい、ヒルが首筋にべったり付いてるでぇ、」と呼びかけると、

「どこ、どこ、どこ?」

鹿
と大声を張り上げながら慌てふためくその姿は、ひとり街頭パフォーマンスを踊っているかのようであった。私は首筋にタオルを必ず巻いているので難を逃れたが、そのタオルには三匹のヒルが付いていた。
 鈴鹿山麓の谷筋はヒルが多い事で有名なのだが、密集している場所などではその数も半端ではない。盛期にはそれはもう何とも言えぬ状態で地べたを這い蹲るヒルの群れに必ずと言っていいほど会う。谷芯を水に浸って遡行していれば、それほど問題にはならないが藪漕ぎするしないに関係なく、どれだけ早歩きしていても杣道などを歩いていると知らぬうちに足もとからくねくねと首を左右に振り、勺取りながらべったりと貼り付いてくる。このヒルというのは、ほんの小さい隙間をこねって侵入してくるのでどこをやられてしまうか分からず非常に厄介なのである。しかしこういう地面で待ち伏せしている奴らは所詮足もとから這い上がってくるので、まだ何とか手の打ちようもあるが、一番厄介なのは木の枝などにぶら下がり、雨のように降って落ちてくる奴らである。
 ヒルは二酸化炭素に反応するようで、人の呼吸を察知して的確に頭や肩に落ちてくる。これは正直たまらない。別に咬まれたからどうという事はないにしても血を吸われるというのはどうも腑に落ちない。ヒルは前後の吸盤で吸い付き、ヒルジンという体液を出すため、そのせいで血がなかなか止まらなくなる。けっこうな量の血が流れ出るので初めて経験する方は少し驚くだろう。吸い付いているのを発見したら出来る事であれば指先で弾いたり引っ張って取らぬ方が良い。そうするとヒルの口器が皮膚内に残る事が多く、人によれば化膿する場合もあるようである。一番最適な方法は塩をかけるかタバコの火を当てればポロリと落ちる。止血の方法はとにかく水でよく傷口を洗ってタバコの葉などを擦り込むと良い。ハッカ成分を嫌ったりもするがサロンパスなども気休めにしかならず、またヒル除けのスプレー等も出ているが、高価な上、中には体に害を及ぼすものもあるので、私はこまめにチェックするようにしている。
 昨年S川を詰めた時、生憎の小雨模様で嫌というほどの地べたを這うヒルの群れに会った事があった。祓っても祓っても数分もしないうちに、また腰くらいまで上がってきているのである。あまり腹が立ったので、前々から疑問に思っていた事もあるし、私は餌にしてやろうとヒルを一撮みして鉤先に刺してみるのだが、これがまたなかなか刺さらない。危険を察知すると体を石のようにカチカチに硬直させるのである。何とか鉤に刺し、流してみると、なんと一発でイワナが釣れてしまった。非常用の餌としては立派に役目を果たしてくれるので考えようによれば使い道はある。
 ヒルも慣れてしまえばどうという事はないが、やはり大敵なのは極悪そのものの顔を持つスズメバチである。以前、御池川の支谷を源流まで詰めていた時、昼食を取ろうときれいな山草の眺めを目の前に腰を下すないなや、「ブーンッ」と大きな羽音と共に一匹の蜂が私の周囲をグルグルと周り出すのである。黒いものは何も身に付けていないのに、これではゆっくり風情に浸れないではないかと、私は対岸へ移動し、また岩に腰を掛けた。すると今度は「カチッ カチッ」という威嚇音を出しながら、より大きな羽音とともに何やら近づいて来る。巣の半径十メートルが縄張りだとよく耳にするが、まさか近くにあるのか見張番のスズメバチがどうも怒っている。これはちょっとまずい状況なので、そそくさと退散する事を余儀なくされた。
 私はスズメバチに刺された事はないが何でもスズメバチは人を刺しても毒針が抜けず、毒がある限り何度でも刺すことが出来るという。また一匹に刺されると刺したハチが興奮物質を空中に撒き散らすらしく、これが複数に襲われる原因になると聞いたが、こんなところで刺されたらたまったものではない。蜂は横の動きに敏感なため、間違っても振り払うなどの行動は避けるべきだという。逆に縦の動きに鈍感なので万が一、攻撃してきた際はとにかく伏せる方が賢明であり、香水の匂いを嫌うのであたりに吹きかけるのも効果があると聞いた事もあるが実際何とも言えない。毒は水に溶けやすいので刺されたら水をかけると良いとも耳にする。
 また、山椒魚と似通った姿をしている渓流の水溜まりでしばしば目にするイモリも分泌液に微量ながらもフグと同じ「テトロドトキシン」という毒の主成分を持っており、手に擦り傷があれば、その成分が体内に入って化膿したりする。イモリに触れた手で目をこすったりすれば、目が開かないほどの痛みが走るので注意するべきである。
イワナ

 私が谷によく出向いた頃は茨川林道は凹凸の激しい悪路であった。現在は地質調査の関係もあり、折戸トンネルを越えた橋の辺りまでは道路補修車が定期的に整備しているため、落石や凹凸なども片付けられている。しかし相変わらず大きな水溜まりは消えず、車を運ばせるなら泥まみれになる事は請け合いであり、盛期には左右から大きく手を広げる草木が車の横っ腹を引っ掻く実に嫌な音を聞く羽目になる。新車ならば覚悟せねばならない。

 谷にはしばらく出向いていないが、夏の終わりによく訪れた思いが強い。アキアカネの群れを見ながら谷でぼんやりと水の流れや緑の彩りを眺めていると、夏の幻想を追い求めていた時間も遠のいて行く。夏の終わりと言うと賑やかな人の声が消え去り、それまでの記憶がリセットされ、どことなく微かな侘びしさが残る。

 それは少年時代、鹿児島で過ごした夏の日が終わりを告げる時でもあり、心地良い空間が懐かしさに変わり映えして頭の中を駆け巡るという衝動に駆られるのである。
 私は小さい頃、手のつけようがないやんちゃ坊主で、よく祖父から「そんな言う事を聞かん奴はがらっぱに尻の穴を抜かれるわ」と戒められた。祖父の家の前を流れる小川は全体的に浅かったが小さな私が泳ぐには十分な深さで、所々青々とした水を湛えた淵があり、そこでよく水浴びをしていた。私は作り話だと思いながらも淵をジッと見つめては、「がらっぱ」の存在を恐れていた。今でも青々した淵を見ると、その話しをよく思い出す。「がらっぱ」というのは方言で、所謂河童の事なのだが、聞かん坊を懲らしめるための言い伝えである。
 
  そんな話しを聞かされながら、早朝山に入り、大木を蹴れば雨のように振って落ちくるカブトムシやクワガタムシを捕り、そのまま農作業の手伝いに畑に行き、腹が減ったと夏の炎天下、よその畑の煮えたぎる梨をもぎ取って食べたりした。夕方になると牛と豚の餌、そして薪を窯に入れ、風呂を沸かす。家畜が多かったので家の中には都会に住む者から見れば、信じられないくらいの蝿がブンブン飛んでおり、真っ白な蝿取り紙を数時間置いておくだけで、見事に蝿という蝿で白い余白は無くなり、真っ黒になってしまう程に強烈であった。
 小川には雨蛙が多く、私は蛙が本当に蝿を食べるのかという実に素朴な疑問を抱き、釣竿の糸先に蝿を刺して蛙の前にぶら下げるといった何とも馬鹿げた事をしていた事もあったが、当然蛙が釣れる事はなかった。そういった光景が今でも頭の片隅に鮮明に焼き付いている。しかしその地も今や治山工事に加え、ゴルフ場開発、時代とともにすべてが変化し、鮎どころか水量は伏流に近い流れになり、川上にある工場からは染料が垂れ流されて魚は居たとしても奇形ばかりになった。
 その面影は激変し、私は山里を見る度にその懐かしさが恋しくなる。山里に秘められた独特の香りが私の記憶の一部分を大きく揺さぶるのである。ネイティブの渓流魚が一切棲息しないとされていた鹿児島の渓流も現在は善意放流などにより、様々な河川にヤマメが棲息している。一度お手合わせしてみたいと思いながら数年が経過しているが、まだ竿を出した事は一度もない。

夏の終わり

 少し話しを戻すが、川の香りを楽しみながらも、私は、この谷で尺のアマゴと二度ほど対面している。一度は中流の滝であったが、二度目は難の変哲もない落ち込みであった。林道を歩いていると道の脇の小さな枯れ木に錆び付いたワイヤーの切れ端があり、そこから谷へ下り、遡行して行くと百メートルも歩かぬうちに大きな倒木がなだれ込む堰堤がある。堰堤下は倒木でまともに竿が振れず、攻める事の出来る区間は唯一その落ち込みしかない。どういう訳かいつもであればアブラハヤがウジャウジャと群れをなしているのだが、雨で流されたのか彼らの姿が全く見当たらなかった。右岸から廊下を高巻いて上手から落ち込みにそっと糸を垂らすと思わぬ大物が掛かったのである。
 イワナにせよアマゴにせよ、大物狙いにトンボやバッタ等の昆虫を餌にする事はよくある事で、私も幾度と試した機会もあったが残念ながら釣れた例しがない。鈴鹿の谷に関しては大物が棲息する比率が著しく少ない傾向にあるのでこれも仕方がない。
 数年前、岩手県閉伊川のとある沢に入渓した時、遡行する私の前に座り込んで竿を振っているひとりの男性がいた。男は長靴に作業用のような上着を羽織っており、腰には一応魚籠はぶら下げていたが、魚籠がなければ釣りをしているとは想像も出来ないような格好なのである。魚籠の横には空気穴の開いたビニール袋がひとつ、中には数匹のバッタが入っていた。男はオモリも付けず、バッタを鉤に刺して風に流されるままに糸を垂らしている。聞けば何時間もここに座りっぱなしという。
 そして、ふと魚籠の中を覗き込むと、尺を越えるヤマメが三尾横たわっていた。極自然に何も考えず、一定の場所で丸一日竿を振り続ける事が男にとっては一番安らぐのであろう。この方法で運の良い日は二桁の尺上のヤマメが上がると独り言のように私に呟いていた。私はスタイルは違えど、一見すれば拘りの無いように見えるその姿にはある意味、究極の拘りがあるように思えた。これも山釣りの趣に相通じるものがある。源流へ歩き続ける旅だけが山釣りとは言えない。

 私はアマゴを釣る度に懐かしい回想をしている。いや、それは追憶していると言った方が適切かもしれない。アマゴの中にこの谷の思いが押し寄せ、そして時とともに消え去った二度と目にする事は出来ない鹿児島の小川が思い浮かぶ。冒頭で述べたようなただ単に釣り歩いた時の様々な出来事以外に残存する大きな想い出がアマゴとの対面をより一層引き立たせてくれている。アマゴを追い求めるのは、あの頃に戻りたいという無意識的な心の動きなのかもしれない。ふとそんな事を考える事がある。あの頃の想い出を追い求めながら、今でもいつかあの川を再生したいという思いが頭の片隅から離れない。
 
  夏の終わりの渓の声、生涯忘れられない時間である。

 


「鈴鹿と山釣り」
 〜茶屋を囲む谷より〜  2003.6.20
一部、本書を改訂しております

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